住宅に関することや、日々の雑感を綴ってゆきます。
支配人 杢谷 保夫
第2回『方丈記』より
『ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みの浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。』の名調子で始まる鴨長明の『方丈記』は、作者の無常観を綴った人生論とされています。
長明自身にいろいろな災難が降りかかり、
大火事、大地震、台風などの
災害、飢饉、遷都に翻弄され、父の死後は出世もままならず、30歳をこえて結んだ庵は、
それまでのすまいの十分の一となります。そして、50歳の春を迎え、世をはかなんで出家してしまいます。60歳で作った一丈四方の終の棲家は、昔の
邸宅の約百分の一の広さで、「老いた蚕が繭を作るようなものだ」と自ら引きこもりを認めています。しかし、広さ3メートル四方、天井高2メートル強のワンルームには、基本的な衣食住の道具はもちろん、阿弥陀仏や
普賢菩薩の絵像、法華経、琴と琵琶などを備え、衝立でうまく
区切られて、機能的で贅沢に作られています。(右図)
私には、「方丈記」は人生論としてよりも住宅論として読んだ方がよく理解できます。独断的解釈を含めてそのくらしの様子を記しますと以下のようになります。
「山奥だが、近くに水があり、薪にする樹木も十分にある。西の方は見晴らしも良い。四季折々の花が美しく、野鳥、蝉の鳴き声が聞こえる。冬は雪を楽しむことが出来る。お経を読むのが大儀な時は怠けても、自分ひとりだから恥ずかしくない。夕方には松風の音に合わせて琵琶を弾く。
時々たずねてくる子供と戯れ、心をなごませる。遠くまで歩くのが苦にならず、山を越えて石山寺に参拝したり、猿丸大夫の墓を探したり、桜の花見や紅葉狩り、わらび取りなどをしている。夜は月の光や猿の鳴き声で感傷的になり、涙がでることもあるが、草むらの蛍をながめたり、雨音、風の音、山鳥の鳴き声を父母の声と勘違いしたり、近くにいる鹿の相手をするなど退屈することはない。たまたま都の様子を聞くと、相変わらず不穏である。庵は狭いが穏やかで何の不足、不安もない。」
そして、「世の中、心の持ち方ひとつである。宝物や宮殿は欲しいと思わない。ひっそりとした住居、一間だけの庵で十分である。他人が俗世間の煩わしい事に心を向けることを気の毒に思う。」と述べています。